対馬市

災害の歴史

○1971年(昭和46年)7月 
7月21日台風16号により降り始めた雨は雷を伴った大雨となり、一時2時間125mmとなる集中豪雨となった。その後23日夕方にはいったん収束を見るも、台風18号の影響により25日朝にかけ大雨となり、厳原で25日の11~12時の間に1時間85mm、25日22時40分から26日1時にかけて佐須奈で108.5mmを観測した。

○1985年(昭和60年)4月28日
昭和60年4月28日12時55分頃、住居兼倉庫から出火した火事は、西南西の風で風速4.8メートルの風にあおられ、付近の住宅、倉庫を類焼し、全焼10棟、5世帯が焼け出された。 現場は豊玉町の西の突端にある部落で朝鮮海峡からの西風及び西南西の風が一番あたるところで、海岸沿いと狭い平地に住家が密集している。火災が発生すれば部落の半数は全焼するのではないかと思われていた場所であった。この日は豊玉町の町民体育祭が開催されており、消防団員もほとんどが参加している状況であったが消防署及び消防団の対応が早く、出火から鎮火まで3時間30分を要したが被害が最小限にくい止めることができた。その理由として、この日は快晴で風も弱く自然条件が良かった事と、家が密集しているため消防署、消防団が危機感をもって素早く対応したことが延焼をくい止めたものと思われる。

○1985年(昭和60年)6月22日
太平洋高気圧の勢力が強まり、梅雨前線が対馬海峡まで北上して停滞、また台風第5号の影響で南からの暖かい空気が流れ込み梅雨前線の活動が活発となり、長崎県地方は21日からまとまった雨が降り、特に対馬地方では大雨となった。対馬市厳原では23日の日雨量が349mm、24日242mm、27日258mm となり、6月22日から28日までの一週間で1,037mmと平年雨量のおよそ半分の雨量を観測した。
この雨量は、昭和46 年の激甚災害を大巾に上回るものになったのである。大雨により町内は最悪の状態となり、河川は氾濫し、地域内は増水、床下、床上浸水、随所にガケくずれ等が発生して交通も不通になった。特に佐護川流域、仁田川の冠水状態が大きくなった。

○1991年(平成3年)7月29 日
中型で強い台風9号は、東シナ海を北上して対馬を暴風域に巻き込み、対馬西側を通って、日本海へ進んだ。このため、7月29日の夜半から30日の早朝にかけて豊玉町でも暴風雨による被害が発生した。特に29日の夜半にかけては、最大瞬間風速は40メートルを記録し、港湾の決壊、家屋の一部破損や、いたる所で屋根瓦が飛ぶ被害が出たほか、海上では特に小型船舶の被害と、水産施設及び水産関係に大きな被害をもたらした。
被害の状況は、家屋一部破損が133 棟、非住家が38 棟、港湾5箇所、崖崩れ5箇所、被害船舶63 隻、停電287戸で農林水産施設を中心に被害は多額に上った

○1999年(平成11年)8月26・27日
局地的な大雨が降り、豊玉町では、日降水量236.5mm、日最大1時間降水量75mm(20時から21時)、峰町では、日降水量119.5mm、日最大1時間降水量80.5mm(19時から20時)を記録した。また峰町では河川流域が短いことに加え河川幅員がないこともあり増水により田畑の冠水、崖崩れ、河川災害等の被害が発生した。

○2003年(平成15年)9月12日
 台風14号9月11日03時に宮古島付近で中心付近の気圧910hPa、最大風速55m/s の猛烈な台風に発達した後、東シナ海を北に進み、12日20時頃、対馬に最も接近して厳原の西北西約120km の対馬海峡を北上した。
この時の台風の勢力は強い台風で、中心気圧945hPa、中心付近の最大風速は40m/s、風速25m/s 以上の暴風半径は南東側130km、北西側110km であり、台風による高潮と高波により、対馬西岸を中心に浸水害などが多発した。

対馬市消防本部総務課
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