キッズコーナー
「全国女性消防団員活性化大会」は全国の女性消防団員が一堂に集い、日ごろの活動やその成果を紹介するとともに、意見交換を通じて連携を深めることにより、女性消防団員の活動をより一層活性化させることを目的とし、平成6年から開催されています。
令和7年11月、「来んね!平和の街へ 島々へ ~未来へ、長崎でつながる女性消防団~」をテーマに、全国女性消防団員活性化長崎大会が出島メッセ長崎で開催されます!
全国から約3000人が集う、一大イベントでありますので、長崎県の魅力を伝えることができるよう精一杯準備を進めてまいります!
日程 令和7年11月13日(木)
場所 出島メッセ長崎(長崎市尾上町4-1)
主催 総務省消防庁、(公財)日本消防協会、(公財)長崎県消防協会、第30回全国女性消防団員活性化長崎大会実行委員会
共催 長崎県、長崎市
私の場合、きっかけはなく、気づいたら就職と同時に入団していた。
ただ、父も消防団に入っていたし、近所の人たちも消防団に入っていたため、幼い頃から、大人になったら消防団に入ることが当たり前だと思っていました。
入団したことで自分の成長を実感するとともに、尚一層の地域貢献を行っていこうと決心しました。
消防団では地域防災に協力してくれる事業所を募集しています。
「消防団協力事業所」として認められた事業所は、取得した表示証を社屋に提示でき、表示証のマークを自社ホームページなどで広く公表することができます。 事業所の認定には、各市町が認定する「市町(シルバー)認定事業所」と総務省消防庁が認定する「消防庁(ゴールド)認定事業所」の2種類あります。
近年、消防団員が減少し、平均年齢の上昇が進む中、大学生・専門学生等、若い力の消防団活動への参加が強く期待されています。
そんな中、各地で大学生、専門学生等を消防団員として採用しようという動きが広まりをみせており、平成23年4月1日現在(岩手県、宮城県、福島県は平成22年4月1日現在)で2,056人の学生団員が活躍しています。
消防団の活動には、女性ならではの活動も多く、たくさんの女性団員が活躍しています。
働いている方も、学生の方も、主婦の方も、多くの女性のチカラが消防団で輝いています。
2つの顔を持つことで一層魅力的に輝く、女性消防団員をご紹介します。
○島原市の概要
島原半島は、すでに洪積世の人間の歴史が刻まれたといわれ、多くの古代遺跡の中には、日本における先駆的な地位と役割を果たしたと思われることも少なくありません。
城下町としての島原の歴史は、有馬氏などの群雄割拠の時代を経て、徳川時代の元和4年(1618)から7年の歳月をかけ松倉重政が島原城を築城したときに始まります。
以来、松平7万石の城下町として島原半島の政治、経済、教育文化の中枢的地位と役割を果たしてきました。
その間、寛永14年(1637)には、松倉勝家の苛政とキリシタン弾圧に対する「島原の乱」が起こり、また寛政4年(1792)には、国内三大難山と言われる眉山が大崩壊し、山崩れと津波によって島原領内でも多数の住民が死亡するという大災害に見舞われました。この2つの大きな動乱と地変を経て明治維新を迎え、明治4年(1871)廃藩置県によって、旧城下町は島原村、島原町、島原湊となり、その後、大正13年(1924)に島原町となりました。
昭和15年4月長崎県下で3番目に市制を施行し、昭和30年には三会村と合併し、また、平成18年1月1日に有明町と合併いたしました。
本市は、長崎県の南東部にある島原半島の東端に位置しており、その面積は82.76km2で、島原半島の約18%を占めています。
中央部の眉山(標高818.7m)を中心として東側の有明海へ伸びる傾斜地となっています。眉山の東斜面には1792年の大規模崩壊跡があり、崩壊下部より九十九島周辺の海域にかけては多数の流山が分布しています。
また、眉山の背後には、平成2年に198年ぶりに噴火した雲仙・普賢岳があり、その溶岩ドームは平成8年に「平成新山」と命名されました。